秋葉原はお友達と行く場所になった。

ホッテントリを眺めてたら、すごく興味深い指摘があったので、ちょっと思った事を書いてみる。

 かつては人づきあいが苦手な若者たちの『もう一つの居場所』が若者文化の中にあり、秋葉原もその象徴だった。今はオタク文化もネット文化もまったり戲れる場所。被害者の一部がそうだったように秋葉原も今は友達と連れ立っていく所だ。友達がいない者には秋葉原でさえ居場所にならない。

某全国紙に掲載されるはずだった秋葉原通り魔事件のコメント

確かに、いつのころからか秋葉原は一人で行くような場所ではなくなった気がする。ターニングポイントはおそらく電車男あたりで、それ以来オタクの街という色が以前よりもはっきりと付き、歩道でメイドさんがチラシを配るような街になった。
もちろん、パソコンのコモディティ化によって、自作パーツ屋さんとか怪しげなソフト屋さんが持たなくなってきている以上、いずれにせよ以前のような「電気街」からの脱却は不可避だったのかもしれないけど、なんというか、一人で秋葉原に行っても居場所が無いな〜、と思う事が増えた気がする。
メイド喫茶も、たまに行く分には楽しいかもしれないけど、そんなに通いつめる程特別なものとも思えない。本質的には「女の子を見に行く場所」でしかないから、世界一の電気街という程のスペシャル感は無いと思う(これはものすごく主観的な意見になるかもね)。
僕個人としては、「ぷらっとホーム」が無くなった、というのが一番大きいのかも。やっぱりあの店はスペシャルだったなー、って今でも思う。今思うと、あの店があったから、Linuxが大好きになったのかも、と思うぐらいUNIXの匂いがぷんぷんする店だった。あの店じゃなければ、SUSE Linuxのパッケージをフルセット(30000円ぐらいしたっけか。マニュアルは約1Kgの重さで全て英語)で買ったりなんかしなかったし、VMware Workstation(Ver 3.0)も買わなかったと思う。UNIXの可能性をひしひし感じて、毎日わくわくしていた。毎週末当たり前のように秋葉原に行って、ディストリビューションを眺めていたような気がする。そんな大好きな店だったので、閉鎖してメイド喫茶になるって聞いて、ほんとにがっくりした。オヤジさんとちゃんと話した記憶はないけど、「お別れ会」には行こうかな・・・と思う僕がいる。
だいぶ話がそれてしまった。「ぷらっとホーム」のような個性的なお店も、最近はだいぶ減ってしまったな〜、という感じがする。なんかね、トレーディングカードとか並べられても、ちっともぐらっと来ないというか、凡庸さを感じて切なくなってしまうんだ。そうして凡庸な秋葉原になってきた結果、秋葉原にすら居場所の無い殺人犯が出てくるように、なっちゃったのかなって、僕は思う。