ミスリードを誘う発言の多い文章 (「ジャステック神山社長にITベンダーの現状を聞く」を読む)

http://it.nikkei.co.jp/business/news/index.aspx?n=MMITzx000020122007
言っていることはそれなりにもっともっぽいんですが、なんだかひっかかる箇所が多いので、一旦まとめてみることにしました。

  • 顧客から受注をしたときに「○人月かかります」というような見積もりを先に作るところに問題がある。開発の人数や手間がどのくらいかかるのかは顧客にはまったく関係がない。顧客がほしいのはシステムそのものだ。だから、まずこんなシステムを作りますと言うべきだろう。そして、その制作費用はいくらですと説明する。そのいくらというところの計算の根拠に人月を使うのはわかる。
    • では、他にどんな見積もり方法を使っているのか、どんなコスト算出方法を用いているのか、気になるところです。人月によるコストで、本当にソフトの価値が測れるのか?なんて事は、業界に長くいれば誰だって考えます。
      でも、それ以外の方法でお客さんに納得してもらえるのか。そこが一番重要です。作業量ベースで計算する場合に、人月以上にブレ無く計算できる基準を私は知りません。少なくとも「レベニューシェア」とか「SaaS」のような、お金の稼ぎ方を作業量ベースから根本的に転換するような取り組みについての説明がここには無いので、人月ベースの見積もりを悪く言われても、にわかには信じられません。
  • 人を出して、いくらというのでは技術者の努力を阻害する。人を出す数で決めたら、少しでも開発を前倒しするという努力がなくなるからだ。一括請負なら10カ月で見積もった仕事を9カ月でやれば我々の利益になるからがんばれる。
    • さっき問題視したばかりの人月基準で話をしています。本当に問題のある基準と思っているのでしょうか。
      ちなみに私は、「人を出して、いくら」の最大の問題点は、組織が育たない事だと考えています。開発組織として必要な機能は、人を出した先に全部おまかせになるのですから。最悪の場合、いつまでたっても、人を出す以外に何も出来ない組織で居続ける事になります。
  • 創業して以来37年、ちゃんとデータを蓄積してきた。開発をする際の見積もりや実際に開発した結果がどうだったかなど、生産管理のデータとして蓄積している。
    • 開発時の見積もり情報と開発結果を記録するぐらいなら、零細企業でもない限り、さすがにそれなりの数のベンダーがやっているように思います。お金の話ですので。
      ジャステックの開発実績のページに「汎用系」が非常に多く「オープン系」が少ない事にも留意する必要があります。一般論として、汎用機向けの開発は、オープン系と比較すると見積もりの精度を上げるのが容易です(技術的に枯れており、出来る事と出来ない事が比較的明確なので)。なので、誇るほど特別な事をしている、という印象はありません(どんなデータを取っているか、についての具体的な言及も無いですし)。
      また、大手ベンダーの赤字プロジェクトの多くは、上流工程の失敗に起因するものです。この場合、単にデータを取れば対策できる、ということにはなりません。上流工程をこなすためのノウハウの積み重ねや人材育成などが必要になってきます(それでも、まだまだ問題の本質的な解決には至っていない感がありますが…)。
  • ソフトウエアのエンジニアリング能力を認定する「CMM」の最上位の「レベル5」を全社で取ったのはジャステックが国内では最初だ。大手企業でも部門レベルで取れているにすぎない。CMMの考え方は、われわれがずっと実践してきたものに近かったので、特別な対応をする必要もなかった。
    • CMMを取った事、CMMを取れた事以上の何の説明も無いのが気になるところです。何故CMMが重要なのか、CMM的な考え方の何が価値を生み出すのか、それが全く分かりません。CMMという単語が日本のIT業界に入ってきて、かなり経ちますが、CMMを導入する事で競争力を勝ち得ている企業をあまり見ないため、ちょっと前に流行ったバズワードなんじゃないか、と思う事さえあります。今敢えてCMMを主張するのは何故なのか、そこが知りたいところです。一応こういう危惧もあるので。
  • 我々がお付き合いさせていただいているのは、自社のシステムの案件をすべてどこかに全部丸投げするようなところではなく、ちゃんと自分たちで管理して複数のベンダーに分割して委託しているようなところだ。国内ユーザーの3〜4割はそういう企業で、3兆円ぐらいの市場規模はあるだろう。
    一方で、大手ベンダーに丸投げするようなところは、受注した大手ベンダーがさらに子会社に丸投げといったような構図になる。その結果下請け構造ができている。
    • 自分たちの会社で全部請け負うというのは、当然大変な事ですが、それ自体は悪い事ではありません。多重請負が良くないというなら、それを下請けに丸投げしなければよいだけの話です。では何故このようなケースで丸投げが発生するのか。それこそが一番考えなければならないテーマだと思います。
  • お客様は「神様」といっても何でも言うことは聞けばいいというものでもない。「人貸し」ではなく、我々のような一括請負ならきちんとものが言える。
    私は昔、顧客と戦ったことがある。あるプロジェクトで顧客が疲れていたエンジニアを「帰すな」と言ってきたことがあったが、言うことを聞かずに旅館に泊めて休ませたことがあった。あまりに疲れていたら仕事にならない。結局そのプロジェクトは前倒しで終わることができて、顧客も最後には「さすが神山さん」と言っていた。顧客が言うことも会社全体の方針できちんと考えがあってのことなのか、その組織の中にいる個人のエゴなのか見極めないといけない。
    • 基本的に、「人貸し」の仕事でない限り、顧客側に「帰すな」と言う権限が生じるケースはまず無いと思います。なので、この仕事はいったいどういう形態で進められていたのか、気になるところです。
      もし仮に、成果物をおさめればよい一括請負で、(メンバーに直接指示する権限の無い)顧客にそこまで言われてしまったというなら、それはそれでプロジェクトとしてはどうしようもない程最低の状況です。結果オーライとはいえ、誇るべきポイントでは全くありません。
  • 「3K」と言っても、労働時間が長いことが本質的な問題ではない。大手自動車メーカーだって、マスコミだって忙しい企業は労働時間が長いはず。でも、そうした職場のことを3Kと呼んではいない。この業界は人を貸し出すような業態になっているところが多く、人がいた時間分お金をもらう。そうすると仕事の主体性がなくなるのだ。主体性のないやらされ仕事だから3Kだと感じる人が多いのだろう。
    • IT業界には、人貸し、労働時間のような表層的な問題以外にもストレスの要因(タイトな納期、顧客との厳しい折衝、システム障害のプレッシャーなどなど)は多くあります。あまり問題を単純化されるのも困りものです。

結論
新卒を集めるためなのか、強気な発言が並んでいます。ただ、一部に矛盾があり、また、IT業界の問題を単純化しているようにも見受けられる箇所があるので、(とくに就職活動予定の人は)他の意見もいろいろ読んでみると良いと思います。